こうのとりのゆりかご(通称:赤ちゃんポスト)を日本で初めて開設した熊本・慈恵病院の蓮田先生が来宮し、講演会があった。
その中で知った事実。それは日本で年間に24万人もの赤ん坊が人工妊娠中絶によりその命を絶たれているということ。出産100件当たりで22件、実に20%もの命が光をみることなく失われていることになる(2008年データ)。
国際保健の世界では日本の乳幼児死亡率の低さばかりがスポットライトを浴びるが、この人工妊娠中絶率の高さは完全に見過ごされている。
世界で失われている幼い命と比較しても、この日本の中絶率の高さは看過できないのではないか。そう思い調べてみた。
Lancetに発表された米ワシントン大学の調査によると世界で失われている5歳未満の命は年間700万人だという。このほとんどが途上国における死亡だとして、世界にはおおよそ150の途上国と言われる国があるから、1国あたりの単純平均を求めると、4.7万人の5歳未満の命が失われていることになる(かなり乱暴だが…)。
途上国(1カ国)で年間に失われる5歳未満の命が4.7万人…
日本で年間に失われる胎児の命が 24万人…
マザーテレサが日本の人工妊娠中絶の多さに驚愕し、「日本は心の貧しい国ですね」と言った、その気持ちが分かった気がした。
自分の住む国の現状について、少し足元から見直した方がいいのかもしれない。
「愛の反対は憎しみではなく無関心である…」というマザーの言葉を胸に…
心に浮かび、かつ消えゆくよしなしごとが、永遠に消えてしまわないように、そこはかとなく書きつけてみようと思います。
2010年9月5日日曜日
2010年9月2日木曜日
職人技(しょくにんわざ)
今日、久々に晴れて時間もあったので、ここのところ不調だったバイクを行きつけのバイク屋さんに連れて行った。
「ちょっと最近ブレーキの調子が悪いんです。」そう一言告げると、おやっさんはわき目も振らずバイクに歩み寄り、そしてピンポイントで問題となっている部位を探り当てる。
いつものことながら、鮮やかな職人技にただただ見とれていた。
なるべく少ない情報から患者さんの状態を論理的に推測して、疾患の治療にあたる。レントゲンも、CTも使わず、聴診器だけで、心臓疾患をみごとに言い当てる熟練医。
そんなイメージが自然と浮かんできて、おやっさんと重なった。
おやっさんがバイクの命を扱う職人なら、医師は人の命を扱う職人である。違いは、バイクは自分の悪いところをしゃべってはくれないが、患者さんは思いのたけを伝えてくれるところ。
患者さんの声に耳を傾けつつ、熟練の技と知識で、「機械」に頼らない(頼り過ぎない)医師になりたいと思っている。そうすれば、きっと日本の僻地でも、途上国でもどこに行っても通用する医師になれるのではないだろうか。
「ちょっと最近ブレーキの調子が悪いんです。」そう一言告げると、おやっさんはわき目も振らずバイクに歩み寄り、そしてピンポイントで問題となっている部位を探り当てる。
いつものことながら、鮮やかな職人技にただただ見とれていた。
なるべく少ない情報から患者さんの状態を論理的に推測して、疾患の治療にあたる。レントゲンも、CTも使わず、聴診器だけで、心臓疾患をみごとに言い当てる熟練医。
そんなイメージが自然と浮かんできて、おやっさんと重なった。
おやっさんがバイクの命を扱う職人なら、医師は人の命を扱う職人である。違いは、バイクは自分の悪いところをしゃべってはくれないが、患者さんは思いのたけを伝えてくれるところ。
患者さんの声に耳を傾けつつ、熟練の技と知識で、「機械」に頼らない(頼り過ぎない)医師になりたいと思っている。そうすれば、きっと日本の僻地でも、途上国でもどこに行っても通用する医師になれるのではないだろうか。
2010年8月27日金曜日
健全な後ろめたさ
国際協力写真展と並行して、実は現在、「国際保健医療と地域医療」をテーマに、国際保健医療、地域医療の現場で活躍されている医療者の方にインタビューをしてまわっている。
企画の目的は、宮大を中心とした学生に、国際保健医療や地域医療について少しでも身近に感じてもらい、将来の選択肢として考えてもらうこと。
今日は、そのインタビューの一環で、とある若手のドクターにお話を伺った。
この先生、宮崎出身でなんと大学が僕と同期入学同期卒業(僕が宮崎大学に来る前の話)で、沖縄中部病院(研修病院のメッカのひとつ)・アメリカでの研修を経て宮崎に戻ってきたというなかなか変わった経歴の持ち主である。
なぜ敢えて宮崎に戻ってきたのか。それは、宮崎の地域医療をなんとかしたい、ふとそう思ったからだという。
インタビューの詳細な内容に触れていると日がきっと暮れてしまうので、ここではそんな彼の話の中でも特に印象に残ったお話を。(各インタビューの詳細は11月の学園祭で展示します)
それは「医師には健全な後ろめたさ」が必要である、という一言。
曰く「医者はつねに患者さんのことを思って100%の医療を目指すべきだよね。でも100%って難しい。だって、状態が安定しない重症患者さんを受け持っているとするでしょ。いつ血圧が下がるか分からない。そんな時は、夜通しベットの横で患者さんを見守っていて、急変した時にはいつでも対処できるように。そうできるのがベストだよね。でも実際はそうはいかない。だって自分の生活もあるし、家には家族が待っている。そんなときに、僕は患者さんに対して、いつも後ろめたい気持ちを持っているんだ。でもこの後ろめたさってある意味絶対に必要なもので、後ろめたさを感じなくなってしまったらすごく危ない。だから僕は、いつも医療者は「健全な後ろめたさを持つべきだって、そう思っているんだよね」
後ろめたい。それは一見ネガティブなことのようだけど、実はその気持ちを持つことが、自分が患者さんのことを常に心にとめている、その証拠になるのだろうなぁ、とそう強く思ったのでした。
企画の目的は、宮大を中心とした学生に、国際保健医療や地域医療について少しでも身近に感じてもらい、将来の選択肢として考えてもらうこと。
今日は、そのインタビューの一環で、とある若手のドクターにお話を伺った。
この先生、宮崎出身でなんと大学が僕と同期入学同期卒業(僕が宮崎大学に来る前の話)で、沖縄中部病院(研修病院のメッカのひとつ)・アメリカでの研修を経て宮崎に戻ってきたというなかなか変わった経歴の持ち主である。
なぜ敢えて宮崎に戻ってきたのか。それは、宮崎の地域医療をなんとかしたい、ふとそう思ったからだという。
インタビューの詳細な内容に触れていると日がきっと暮れてしまうので、ここではそんな彼の話の中でも特に印象に残ったお話を。(各インタビューの詳細は11月の学園祭で展示します)
それは「医師には健全な後ろめたさ」が必要である、という一言。
曰く「医者はつねに患者さんのことを思って100%の医療を目指すべきだよね。でも100%って難しい。だって、状態が安定しない重症患者さんを受け持っているとするでしょ。いつ血圧が下がるか分からない。そんな時は、夜通しベットの横で患者さんを見守っていて、急変した時にはいつでも対処できるように。そうできるのがベストだよね。でも実際はそうはいかない。だって自分の生活もあるし、家には家族が待っている。そんなときに、僕は患者さんに対して、いつも後ろめたい気持ちを持っているんだ。でもこの後ろめたさってある意味絶対に必要なもので、後ろめたさを感じなくなってしまったらすごく危ない。だから僕は、いつも医療者は「健全な後ろめたさを持つべきだって、そう思っているんだよね」
後ろめたい。それは一見ネガティブなことのようだけど、実はその気持ちを持つことが、自分が患者さんのことを常に心にとめている、その証拠になるのだろうなぁ、とそう強く思ったのでした。
2010年8月26日木曜日
あつい思い
医学部生活も3年目の半ば。
そろそろ、色んな事がリアリティを持って自分に迫ってくるようになってきた。
専門のことだとか、就職先のことだとか、はたまた結婚のことだとか…
そんな中、今年の夏は、日本の地域医療をもっと知ろうということで、長崎の
五島列島と長野の佐久地域での実習に参加した。
そして思った。
「地域医療に従事する人たちはやっぱりアツい。」
自分たちの夢を持ち、それを自分の言葉で臆せず語ることができる。40、50、60
になんなんとする、大の大人が、である。
自分もそうやっていつまでもアツく夢を語れる、そして、夢を夢のままでは終わら
せない、そんな大人になりたい。
そう思った。
そろそろ、色んな事がリアリティを持って自分に迫ってくるようになってきた。
専門のことだとか、就職先のことだとか、はたまた結婚のことだとか…
そんな中、今年の夏は、日本の地域医療をもっと知ろうということで、長崎の
五島列島と長野の佐久地域での実習に参加した。
そして思った。
「地域医療に従事する人たちはやっぱりアツい。」
自分たちの夢を持ち、それを自分の言葉で臆せず語ることができる。40、50、60
になんなんとする、大の大人が、である。
自分もそうやっていつまでもアツく夢を語れる、そして、夢を夢のままでは終わら
せない、そんな大人になりたい。
そう思った。
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