心に浮かび、かつ消えゆくよしなしごとが、永遠に消えてしまわないように、そこはかとなく書きつけてみようと思います。

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2010年12月18日土曜日

優れた人は優しい人

昨日、今年度最後の薬理学の講義がありました。うちの大学を卒業し、薬理学の研究室に入り、教授の退官とともに教授選に出馬。が、破れて大学を後にする事になった先生・・・ずっと地元に貢献してきた先生が、若すぎるという理由で(もちろんそれだけではないでしょうけど)地元を去る事になるのはとても寂しいなと思います。

その先生が僕たちに最後に残してくれた言葉がとても印象的だったので、ここに書き残しておきます。


私は「優」といふ字を考へます。これは優れるといふ字で、 優良可なんていふし、優勝なんていふけど、でも、もう一つ 読み方があるでせう?優しいとも読みます。 さうして、この字をよく見ると、人偏に、憂ふると書いてゐます。 人を憂へる、人の淋しさ、侘しさ、つらさに敏感な事、これが優しさであり、また人間として一番優れてゐる事ぢやないかしら。


太宰治が小説の中で述べている言葉だそうです。

漢字の成り立ちからも、太古の昔から、人に共感できる事が「優しい」ということであり、美徳として考えられていたことが分かる、なるほど、その通りだなぁ、と今更ながら思いました。

別の講義で、沖縄中部病院の院長をかつてつとめられた先生もおっしゃっていましたが、医者は人間が好きでないとできない。人間が好きな人は、きっと太宰治の言う「優しい人」なのだろう、と思い、周りをみまわし、自分自身を振り返り、色々と考えさせられてしまいました。何を考えたのかについては、また別の機会に・・・

ただ、本当の意味で「優しい」人に自分もなりたいと心から思います。同じ日本人だけでなく、文化も生活環境も全く違う途上国の人たちの日常に思いをはせ、ともに憂い、ともに喜べる「優しい」人に。

2010年9月30日木曜日

よかん

どうやら今シーズンも忙しくなりそうです。

月曜から始まった新学期。所属しているラグビー部の幹部交替もあり、自分たちの学年がいよいよ幹部を任されることになりました。5人と人数はそこそこいるものの、全員が大学から始めた初心者。上の先輩方を交えたミーティングは3日間ですでに18時間に及んでいます…

今学期は、ラグビーをはじめ、学内では国際保健医療サークルの部長、和太鼓サークルでの初の大太鼓挑戦、学外ではjaih-sという国際保健医療の学生団体での活動に加えて、国際保健の人材育成を目指すNPO法人設立のお手伝いをしたり、公共改革をめざすユースグループの医療分野で何かしらの貢献ができたらなぁと考えています。

そして、来年2月には念願のスーダンへの医学留学。留学の前後で近隣の国を訪れたり、ダルフールに行ったり、最近、『行列のできる法律相談所』でも取り上げられた日本の医療NGO、ロシナンテスを訪問したり…

こうして考えてみても、やりたいことがいっぱい!!

いつも悩み、反省するのは、やりたいことがたくさんある中で、どうやってプライオリティを設定して、個々の活動の質を高めていくかという事。ともするとどれも中途半端になってしまう。

だから今まで以上にしっかりと意識を持って、計画を立てて、ひとつひとつのことを確実にこなしていかないといけないなと思います。できることから確実に。できることは先延ばししないで。分かってはいるけど、なかなか実現できない、こうしたことを、この日記を読み返すことで、おまじないのように自分の中に刷りこんでいかなきゃ。

ラグビーの今シーズンの方針決めのミーティングをしながらそんなことを考えていました。まずは、幹部ミィーティングをもっとうまくできるように。ラグビーのこともたくさん勉強しないといけないなぁ。

忙しくなりそうな予感。これをパワーに変えて、この半年間、乗り切れますように!そして少し、成長した自分になれますように。

2010年9月27日月曜日

それぞれの描く" きせき "

来週末から始まるラグビーシーズンに備えて、今日は久々に夜の街のジョギングにでかけました。

走っているとシナプスが興奮するせいか、普段は考えもしないような物事が頭を巡り、しばし思考に没頭してしまうことがあります。これもジョギングの魅力の一つでしょうか。

アリストテレスだったか、古代ギリシアのある有名な哲学者は散歩しながら学問について思索にふけっていたといいますが、ちょうどそんな感じなのかもしれません。

今回、巡った思いが宮崎の夜闇に紛れてしまわないように、ここに書き留めておこうと思います。といってもあの瞬間の気持ちの昂りをどれだけ再現できるかなあ。

この夏、僕の友人の一人が、僕が初めて訪れた途上国であるウガンダに1カ月ほど滞在していました。そして、僕が持ち帰ったのとおそらく同じ「質問」を抱えて帰ってきました。(正確には今、日本に向かう旅客機の中かな?)

それは、こんな質問です。

"What would you bring from Japan?"

僕もかつてウガンダに滞在していた半年弱という期間の間に何度となくこの質問をされました。

"What have you brought for us?"
"What would you send us from Japan?"
"You are from Japan! You must be rich enough to help us. Give us something for rememberance..."

こうした質問に対して、1回1回悩み、自分なりの解答を返していました。でも、例えば、"I am just a student... I am not so rich. といってみてもその言葉は彼らの尺度から見たらウソになってしまう。

だって、僕の同僚の優秀な看護師が1年かかっても日本に行く航空券は買えない。それを僕は1カ月のバイトで稼げてしまう。こんな経済格差は歴然と存在しているんだから。

かといって僕は彼らに何を残してあげることができるんだろう…

付き合っていく中で、彼らがそうした質問をすることで、本気で何かを求めているわけではなく、ある意味コミュニケーションの一環なのだというのも感じ始めました。何かもらえたらめっけものかな、くらいの。

でも一方で、自ら国という枠を越えて、彼らの生活に踏み込み、自分という先進国の人間を彼らにとって「リアルな」存在として認識させてしまった。つまり、自分は、ウガンダの北部スーダンとの国境もほど近いモヨに住む一部の人とは人と人との関係を心のつながりをある意味で「築いてしまった」。

こうしたモヤモヤした気持ちは帰国した後も、ずっと僕の心を占めていました。彼らの生活は今でも僕にとってはリアルで、目を閉じて思いを遠く西の大陸に馳せれば、彼らの笑顔が、活気溢れる生活の場面が、そして、その陰に潜む絶望や涙、貧困が甦ってきます。

どうしたらいいんだろう。どうしたらいいんだろう、一体。悩んでは行動し、行動しては、悩み、時に立ち止まり、二の足を踏み、そして自分なりに出した結論、それが、「医師になる」ということでした。

今度、腰を落ち着けてウガンダに戻った時、礼の質問に僕はきっとこう答えます。

"What have you brough for us my friend?"

"I've been thinking about it all this time, and what do you think I have brought for you all. I have brought for you a doctor, with the will to live with you and understand you. Listen to you and do what he can do for you. Well it is myself in short."

医師を目指して、医学部に入り、国際保健医療を志す友人と話していると、多くの人のベクトルの向きは僕とは真逆。初めは緊急支援なんかに憧れて、途上国に現場で医療を提供したいっていう熱い気持ちで医学部に入っている人がとっても多い。でも実際に活躍されているいろんな人の話を聞くうちに、自分で現場を見るうちに、もっと多くに人が救えるように、根本が解決できるように。そう考えて、医療行政、国際保健分野でのマネージメントやWHO、UNICEFなどのコーディネータの仕事に憧れを持ち始めます。

それは、すごく意義があるし素敵なことだと思います(色んなジレンマを抱えることにはなるだろうけど)。ただ自分は結局多分アフリカに、ウガンダに、モヨに戻りたいだけなんです。戻って恩返しをしたい。まずはそこから始めたい。それより先のことはちょっと分からない。なにより、皆が同じことをやっていたら世の中はなかなか良くならない。国際協力へのアプローチはボトムアップとトップダウンが両方存在していなくてはならない。分野もいろんな分野の人が、同じ夢を描いて、それぞれに協力し合いながら、時には競い合いながら、問題に立ち向かわなければならない。

それぞれが描くキャリアパス。将来への軌跡はけっして直線であることはなく、なめらかな曲線でもない。まっすぐ行くかと思いきや急に鋭角のカーブをし、壁に突き当たって弧を描いてそれを乗り越える。

様々な分野に進んでいった友人がこうして、それぞれの人生の軌跡を描いている。数多くの点の集合が創りだす軌跡、それがただ1点で交わるなんて、そんなことは奇跡かもしれない。

でも自分はそんな将来を夢見ています。同じ夢を描いていた仲間たちが、それぞれの軌跡を描きつつ、また1点で交わる。偶然の再会が続く。鳥肌が立つ。夢が夢ではなくなる。奇跡はたぶん起こります。

いやあ、やはりこの「思い」どうもうまく収拾がつきませんでした・・・。

と、とんでもなく長くなってしまいましたが、こんな妄想を抱きつつ、明日からの新学期は心機一転で頑張りたいと思います☆

2010年8月31日火曜日

星空探し

最近、宮崎の天気はとっても不安定。真上を見上げると透き通るような紺碧の空が広がっていると思いきや、視線を横に流すと、入道雲のような黒く猛々しい雲が息巻いている。

そんな天気だから、残念ながら最近は夜の星空はあまり期待できない。

今日もさきほど散歩がてらジュースを買いに出かけた際にふと空を見上げたのだが、白銀の点がぽつぽつパラパラ、東京で見る星空とさして変わりなく、がっかりしてしまった。

そして思い出したのが、今月初めにいった五島列島でみた星空。そこには満天の星空、天然のプラネタリウムが広がっていた。

それは、数年前にアフリカで見て感動した、手を伸ばせが星を掬い取れそうな、そんな星空を思い出させるに十分のものだった。

しばらく空を見上げていると、あちらこちらで流れ星が見られる…

「○○流星群が見られる今日は流れ星を観測する絶好のチャンスです」そんな特別な日でなくても、星降る島。

日本でもこれだけの星空がみられるのかと正直カルチャーショックであった。

「宮崎と五島列島はそんなに自然環境が違うとはとても思えない。」「もしかしたら行く場所に行けば、宮崎でもあんな星空が見えるのだろうか?」そんな考えが浮かび、ふと思い立ったのが「星空探し」である。

時間を見つけて、宮崎の星降る処を探してみたいなあ、と、こういうわけです。決してレポート課題からの現実逃避ではないですよ…